ヨーロッパでは、製紙の機械化がすすめられた。叩解には、伝播した時点から水車を動力源に石臼を動かすスタンパーが使われており、1680年にはより効率的なホランダービーターが発明された。連続型抄紙機は、1798年にはフランスのルイ・ロベールによって小型模型が作られ、1826年にイギリスのドンキンが完成させた。
一方、紙の原料不足については、木材を使うことで解決された。1719年にフランスのレオミュールは、スズメバチが木材をかみ砕いて巣を作っている様子を観察した結果として、木材から紙を作ることができるという内容の論文を発表した。1840年、ドイツのケラーは砕木パルプを作るためのグラインダーを考案し、グラインダーは1846年に実用化された。また、1851年には苛性ソーダを用いた化学パルプの製造がイギリスで成功し、1854年に実用化した。当時、木材には針葉樹の丸太が使用された。 尚、当時はまだ紙は貴重であり、西欧視察に訪れた日本人が鼻をかんで捨てた紙を、人々が争って奪い合ったという。
以降、20世紀にかけて砕木パルプ・化学パルプともに改良が加えられ、木材を原料とした紙が機械で大量生産されるようになった。
1940年代以降、クラフトパルプ製造法が確立され、広葉樹を利用できるようになった。また、1960年には
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チップをパルプ化する方法が開発された。
連量は、一定寸法に仕上られた紙1,000枚(1連)の重量。寸法は日本の場合、板紙では実際に取引する紙の寸法、板紙以外では四六判(788mm×1,091mm)が一般的である。1連が1,000枚でないのが通常(例えば100枚)である用紙の場合には連量も変わる。
連量は、紙の重みだけでなく、厚みを比較する目安としても捉えられている。厚い紙は、私製ハガキで220kg、薄いものは純白ロール紙34kgがある。ただし、紙質によって同じ厚みでも密度は異なるため、あくまで目安。同質の紙同士で厚みを比較する際にはよい参考になる。
かつて、コンピュータが普及すると情報の記録や伝達はコンピュータに置き換えられるため、紙の消費は減るであろうとする予想があった。こうした紙の消費量を減らすことをペーパーレス化といい、情報伝達の効率が高くなることや、文書を保存・管理するコストが小さくなることが期待されていた。
しかし、コンピュータが高度に普及した現代においても、紙の使用量は減少することはなく、むしろ増加しているという現実がある。Abigail SellenとRichard Harperは、著書"The Myth of the Paperless Office"で、現在では仕事の多くが知識労働になっているため、紙の有効性は高まっていると主張した
原稿用紙の特色は文字を書くための升目がすでに印刷してあるところにある。升目の数は、1行を20字として、これを20行連ねた400字詰のものがもっとも一般的かつ基本形であるとされ、20字×10行の200字詰を「ペラ」「半ピラ」と俗称したりする。通常用いられる原稿用紙は400字詰と200字詰の二種類であるが、このほか特殊なものとして、新聞記者用に新聞紙面の1行字数にあわせたものもある。
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は通常正方形に近いかたちにつくられ、行と行との間にある程度の余白を持って配置される。これは振仮名・傍点を記入しやすいようにとの工夫であり、行間の余白を取らない場合には升目を横長にするなどしてデザインすることが多い。
以上のほかに、さまざまな飾り・デザインを組合わせた原稿用紙もある。また、もっとも一般的な400字詰原稿用紙の場合、10行目と11行目の間に升目を切らない一行があり、中央部分に「【」のようなデザイン(魚尾(ぎょび))を付すことが多い。これは古くから和書の折り目(版心)に付けられる飾りを模したもので、もともと原稿用紙が二つ折りにして綴じるためのものであったことの名残である。
江戸時代以前においてはさまざまな原稿の多くが草書・連綿体で書かれていたために、それを記すための用紙が一字ごとの切れ目に対応する升目を持つことは、無意味であるのみならず、邪魔ですらあった。したがって、この時期においては、ごく特殊な例外を別にすれば、せいぜい行の乱れが生じないように縦の線のみを刷った掛紙を用いる程度であった。現存するもっとも古い原稿用紙は、頼山陽が『日本外史』を記すのに用いた升目様の用紙であったとされる。これは同書が漢文によって記された、したがって一字一字を区切って書記すのに適した文章であることと深い関係があるといえるだろう。20字×20行の400字詰様式の起源は、塙保己一が編纂した群書類従の版木であるとされている。
原稿用紙の使用が一般的になったのは、明治時代中期に入ってからのことで、
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の原稿用紙の形状に近いものとしては、内田魯庵のつくった19字×10行の190字詰用紙がもっとも早い時期に属するものであると伝えられる。これは板木に変わって活版印刷が一般的になるなかで、新聞・雑誌などに原稿を掲載する際、字数が正確に計量できることが最重要視されたことと関係する。魯庵の原稿用紙は作家のあいだでひろく人気を呼び(漱石も愛用者の一人であった)、これ以降、400字詰原稿用紙を使って原稿を書くことが一般的になったという。また一説には原稿用紙の使いかたがいい加減で、分量が少ないことに業を煮やした名編集者瀧田樗蔭が、原稿用紙の升目を守らない作家に対して、400字詰に正確に換算した分量だけの原稿料しか払わなかったところ、どの作家もいっせいに原稿用紙を使って、升目どおりに原稿を書くようになったという文壇ゴシップもある。
作家の肉筆原稿には完成稿至るまでの草稿もあり、本文を確定するまでの推敲や構想のメモなど創作過程のプロセスが記録されており、作家の交友関係を示す書簡とともに作家研究や作品研究の参考となる貴重な文学資料となっており、文学館においても収集されている。
明治中期以降、文学者のあいだでは400字詰原稿用紙を用いることが常識となり、これが学者などにもひろがったため、現在にいたるまで原稿用紙の活躍する場は多い。このため、原稿用紙をめぐるさまざまな慣習が発生した。
たとえば文芸の分野においては、作家に対する原稿料は400字詰原稿用紙一枚あたりを基本として計算する(欧米では通常行数を基本にすることが多い)。また特に断らずに「何枚」といった場合、400字詰原稿用紙換算の枚数を指す。分量に関するこの
為替
は、学術の場にも引き継がれ、書いたもののおおよその目安を示す単位は400字詰原稿用紙もしくは同換算であることが多い。
原稿用紙を使って書くことに慣れた人が多く、上記のように分量の単位として原稿用紙換算が現役であるため、日本語ワープロソフトには原稿用紙のフォーマットがテンプレートとして入ってることが多い。
原稿用紙の使いかたには特殊な決まりごと(とされるもの)があり、入学試験などで作文・小論文が課されるさいに、この決まりごとが守れていないものは減点の対象とされることが多い。
漫画・イラストなどの執筆に使う用紙も原稿用紙と呼ばれる。ケント紙・画用紙・模造紙・上質紙などを使う。
漫画の場合、専用の漫画原稿用紙があり、薄い水色の線(印刷に出ない)で版面やタチキリ線、トンボ等が印刷されているのが特徴。見開き用の横倍寸の物もある。あらかじめ枠線が引かれているタイプもある。
上質紙の連量110〜135kgのものを使う場合が多い。原稿量が多い場合は薄い方が扱いやすいため、薄い用紙を好む人もいるが、一方で薄い用紙ではスクリーントーンの作業を行う際にトーンナイフの刃が貫通してしまうことがあるため、厚い用紙を好んでいる人もいる。
同人誌では手頃なA4サイズの原稿用紙が用いられることも多いが、商業誌の場合はB4サイズの原稿用紙を用いるのが一般的である。印刷の際は縮小されることが普通で[1]、原寸印刷は稀である。